(1)書籍のタイトルに関する商標権侵害事例
これは、実際に私のクライアントのお話であるため、名前を伏せてお話ししますのでご了承ください。
私のクライアントのA社は、「アイウエオ」という商標登録をしていました。
そのころ、このA社は、何冊か立て続けに書籍を発行しておりまして、この「アイウエオ」という商標は、A社の書籍のタイトルの中に含まれていました。
その関係で、この書籍を出版した出版社の方が、この「アイウエオ」というキーワードについて、Amazonで継続的にリサーチしていたようです。
すると、ある日、同業他社のB社が、「アイウエオ」という言葉を含む書籍を発行しようとしていることが分かりました。
細かい話をしますと、B社の書籍はまだ発売はされていなくて、Amazonにおいて、「◯月◯日発売予定」となっており、表紙のサンプル画像が載っている段階でした。
さて、これは、大変急を要する話となりました。
なぜならば、この件に関しては、B社の書籍の「印刷」が終わっているのかまだなのかによって、今後の展開がずいぶん変わってくるからです。
もし、すでにB社の書籍の印刷が終了しているのであれば、A社の方から「アイウエオは弊社の登録商標だから使うのをやめてください」と通知したとした場合、B社は、(その要請にしたがうならば)、印刷した書籍を全て廃棄して再度印刷することになります。
これは、B社にとっては大きな損害です。
しかし、これは、A社にとっても無関係な話ではありません。
なぜならば、B社も、このような損害が発生するとあれば黙って言うことを聞かず、専門家を雇って反論してくる可能性があるためです。
交渉が複雑になれば、A社にとっても費用がかさみます。
さて、私は出版業界には詳しくないので、先ほどの出版社の方に見解を聞いたところ、「発売予定が◯月◯日であれば、まだギリギリ印刷されていないかもしれない」とのことでした。
ですから、代理人の私は、なるべく早く急いでB社に対する通知文を作りました。
普段は内容証明郵便で郵送するのですが、それでは間に合わない可能性もあるため、B社の書籍を出版する出版社宛にメールを送りました。
結果、ぎりぎり書籍を印刷する前に、この通知が届いたということです。
B社は、特に揉めることもなく、あっさりと書籍のタイトルを変えてくれました。
しかし、この件、印刷した後にこのような判明したとしたら、と思うとぞっとする話ですね。
もっといえば、発売したらすぐに気がつくとは全く限りません。
発売後1年くらい経って、ベストセラーになった後にこのような事実が発覚するということもあり得る話です。
書籍のタイトルを考えるときには、他人の商標権に抵触していないかしっかり調査し、必要に応じては、自分が商標登録をすることを検討しましょう。
(2)室蘭の飲食店に東京の大手企業から警告書
私がまだ、弁理士として独立する前の話です。
私は、北海道の室蘭という町の国立大学で、知的財産の研究員をやっていました。
当時、室蘭市には、弁理士が一人しかいなかったもので、大学の先生方だけでなく、色々な人から相談を受けました。
1.地方の小さな飲食店に大手から商標権侵害の警告が
ある日、教授の紹介で、室蘭の小料理の方から相談を受けました。
なんでも、内容証明郵便で、大手の飲食チェーン店から警告書が届いたとのことです。
この小料理屋は「ABC」という店名で、室蘭で40年間営業していたのですが、この「ABC」という店名をその大手飲食チェーン店が商標登録しているというのです。
私は、その警告書を読んで、また、特許庁のデータベースでその会社の商標登録の情報を調べました。
その結果として、警告書の内容は、100%とはいえないまでも、おそらく正論であろうと思いました。
ですから、せっかくご相談を受けましたが、その小料理屋の方には、「残念ですけれど、基本的には、この会社の言い分にしたがって、お店の名前を変えるしか無いですね」とお伝えしました。
2.飲食店の商標権侵害が急増している理由とは?
ところで、この件に関して注目すべき事実として、この大手飲食チェーン店の「ABC」という商標は、昨日今日登録された訳ではないということがわかりました。
実に、もう30年も前に商標登録していたのです。
一方、この小料理屋は、40年前からこの店名を使っていました。
それでは、この大手飲食チェーン店は、なんで今頃になって、急に「警告書」などを送ってきたのでしょうか?
これは想像ですが、おそらく、インターネット社会の発展によるものだと思います。
インターネット社会が発展するにつれ、多くの会社やお店は、自分のホームページを持つようになりました。
そうすると、今まで商標権侵害をしていてもばれなかったものが、Googleの検索で簡単にばれるようになっていったのです。
さらに、この状況に拍車をかけたのは、「ぐるなび」などのポータルサイトです。
この室蘭の小料理屋は、もう地方で40年も店をやっているだけあって、店長もおじいさんですし、お店のホームページ等もありませんでした。
しかし、そういう、ローカルでマイナーなお店であっても、ユーザー達が勝手に「ぐるなび」のようなサイトで紹介していくんですね。
今までは、地方の飲食店であっても、東京の大手企業から警告を受ける時代なのです。
3.名前を変えてすぐに商標登録しました
さて、この件が最終的にどうなったかと言いますと、小料理屋の店主の方は、大手飲食チェーン店の警告書にしたがって、店名を変えました。
のれんを初めとして色々な物を作り直し、金銭的にも手間的にも大変だったと思います。
そして、「もうこんなことはごめんだ」ということで、新しく変えてつけた名前は、すぐに商標登録をしました。
4.インターネット社会では飲食店も商標登録が重要
今回ご紹介した室蘭の小料理屋の事例は、私が弁理士になって初めてご相談を受けた商標権侵害(警告書を受けた)事例ですが、その後、何年も弁理士をやるにつれ、飲食店の商標権侵害事件は非常に多いということを知りました。
私の弁理士キャリアの中で、商標権侵害のご相談を一番多く受けたのは「飲食店」です。
今まで、飲食店というのは、チェーン店にでもしない限り、商標登録をしないお店が圧倒的に多かったようです。
これは、もはや、業界の特色、文化と言えるかもしれません。
飲食店というのは、もともとは、典型的なローカルビジネスでした。
そこにお店を構えていれば地域のお客さんが足を運んでくれて、おいしければリピートしてくれます。
ですから、そこにお店があること自体が一種のトレードマークであり、「店名」というのは、それほど大事でなかったんですね。
ですから、飲食店は、2店舗目、3店舗目・・・くらいだして、やっと商標登録を考える、くらいの感じだったと思います。
しかし、インターネット社会の現代においては、飲食店も、ローカルビジネスとは言えなくなってきました。
お店を構えてすぐに商標登録しろとは言うのは、なかなか難しいかもしれませんが、しかし、少なくとも、調査をして、現時点においては他人の権利を侵害していないのを確認してからお店の名前を決める必要があるでしょう。
商標調査については、お気軽に、アイリンクまでお問い合わせください。
(3)手芸用品に関する商標権侵害
小規模な事業をしている起業家は、えてしてニッチな業界で成功していることが多いですよね。
私のお客さんのとある起業家の方は、手芸の中でもかなりニッチな分野で有名になり、大手の企業や周囲の会社と組んで活動されていました。
(この方も、実際に私のお客さんであり、しかも、ジャンルがとてもニッチなので、かなりぼかした書き方になってしまいます。その点はご了承ください。)
1.商標登録をしないで使い続けていた結果
この起業家の方は、とあるジャンルの手芸でとても有名な先生でしたが、ご自身の会社は基本一人でやってらっしゃいました。
必然的に、色々な会社と提携してご自身のブランドを売り出していくわけですが、そのとき、商標に関して色々問題が出てきました。
一つ目は、大手の企業とコラボして発売している商品に関する商品です。
これについては、ずっと商標登録をしないで販売してきました。
少し普通名称っぽい商標でしたので、登録できるかどうかわからなかった、ということもあると思います。
この商品、大手企業が製造販売していた訳ですが、大手企業としても、自分のブランドというよりは手芸の先生のブランドなので、勝手に登録するわけにもいきません。
そうこうして数年ほど販売を続けているうちに、同じ名前を使い出す他社が多く現れました。
そのとき、この手芸の先生は「これはちょっとまずいんじゃ・・・」と思うようになり、私のところに相談されました。
2.以外に身近な「普通名称化」という問題
私は、「この名称は、色々な人が使っているし、かなり普通名称化しています。なので、商標申請しても審査でNGと言われる可能性があります」とお伝えしました。
が、もちろん、それで終わりでは不親切過ぎますので、「しかし、これはとても重要な商標なので、特許庁の審査官に反論する覚悟で、やってみましょうか」ということになりました。
こうして、3つの商標を申請しました。結果としては、一つは問題なく登録になり、もう一つは、特許庁の審査官からNGといわれたため、徹底的に反論した末に登録になりました。
そして、最後の一つは、同じく審査官からNGと言われ、反論しましたが、登録になりませんでした。
この3つ目の、登録にならなかった名称については、今では、ますますたくさんの人が使うようになっています。
結果として、今まではオンリーワンの商品を取り扱っていたのに、類似の商品も増えてしまいました。
このような問題を、「商標の普通名称化」と言います。
ある名称がその業界において有名になり色々な人が使うようになった結果、その名称は特定の人の商標ではない一般的な言葉であると認識されるようになり、さらには、登録もできなくなってしまうという現象です。
「普通名称化」した商標は、有名なところでは、「エスカレータ」「ホッチキス」「ポケベル」「ホームシアター」などがあります。
さらに、最近では、オーストリアにおいて、ソニーの「ウォークマン」が普通名称化したと判定された事件がありました。
このような事例を見ると、「普通名称化って、大手企業の超有名商標に限った問題でしょ?」と思うかもしれませんが、実はそんなことはありません。
インターネット社会の現代においては、普通名称化というのはあっという間に起こるようになっているのです。
近年では、ある言葉を商標申請すると、審査官はその言葉をGoogleなどのインターネット検索エンジンで検索します。
そして、審査結果においてこの商標は「ありきたりだ」と判定するときには、必ず、インターネットの検索結果を引用して指摘してくるのです。
特に、ニッチな業界においては、社会全体としてはまだまだ認知されていないような言葉であっても、ニッチな業界でその言葉を使っている人が増えれば、割と簡単にその商標が普通名称化して登録できなくなることがあります。
元来商標登録は「早い者勝ち」なわけですが、早く登録するのが大事な理由として、こういう事情もあるのです。
3.良く知っている「身内」の商標権侵害
この手芸の先生は、先ほどのお話で、3つ商標を申請された訳ですが、その3つのうち、この先生の個人のブランド名については、すんなり登録になりました。
登録になってすぐのこと、手芸の先生からご連絡がありました。あるデパートの手芸品専門店で、侵害品を見つけたというのです。
私が確認してみたところ、もうどう考えても、面白いくらい完全に商標権を侵害していました。
それで、その相手には内容証明郵便を送り、商品名を変えてもらいました。
このとき、いくつか気がついたことがあります。
一つ目に、この商標権侵害をしていた会社の社長は、この手芸の先生も良く知っている方でした。
この会社は小さい会社でしたが、このような小さい会社では、商標に関する知識が少なく、結構気軽に、身内とも言える事業者のブランドに便乗してくることがあります。
商標登録をして、初めて商標権を使ったときの相手が「身内」というのは、私の経験だけ見ても良くある話なのです。
4.一つの商品が世の中から消えました
二つ目に気がついたこととして、この商標権侵害していた会社の、この商品はその後どうなったのか・・・ということがあります。
この会社は、私からの通知を受け取った後は、素直に対応してくれました。
すぐにお返事が来て、「すみません、商品名は◯◯に変えて、パッケージも変えます」ということでした。
現在販売中の商品については、20日以内に全て回収するということでお約束いただきました。
実際、私が確認のためそのデパートの手芸品専門店に行ってみたら、確かに、その商品は撤廃されていました。
さて、問題はその後なのですけれど、このように、商品名を変え、パッケージまで変えるという対応をしたにも関わらず、その後、この会社のこの商品が販売されることは無かったということです。
このデパートの手芸品専門店においても、一度信頼を失ったためでしょう、二度とこの商品が取り扱われることはありませんでした。
新しい商品名である「◯◯」をインターネットで検索しても、全く販売されている様子はありません。
商標権侵害事件で、一つの商品がこの世から消えてしまったということです。
5.商品名の商標登録は特に重要です
このように、こと「商品」に関しては、商品名の商標登録というのは、本当に重要です。
商品名の商標登録を怠ることで、被害者になることもあれば、加害者になることもあります。
そして、どちらになったとしても、経済的損失は免れません。
さらに、その商品がその会社の主力の商品であれば、経営の危機ということもあり得ます。
慣れていない方は良く間違えてしまうのですが、商品名の商標登録というのは、商品を販売する前、商品名が決まる前にしなければ危険です。
よく、商品名が決まり、パッケージのデザインが完了してから商標登録のご依頼をいただくことがあります。
それで、私が商標調査をした結果、その商品名は他社の登録商標と類似していることが分かり、商品名を変えなくてはならなくなった、なんていうことは、良くあることです。
ある程度の規模のメーカーであれば、商品名の商標登録は日常茶飯事ですので、このようなミスが起きることは少ないと思います。
しかし、誰にでも「初めて」というのはあるものです。
初めて商品を流通させるような場合は、よくよく注意しましょう。
商標登録の前に、まず必要になるのは、商標調査です。
これをやらなかったり、弁理士に依頼しないで自分でやってしまったりすると、後々大変なことになる場合があります。
色々検討する前に、とりあえず、まずは弁理士に相談することをおすすめいたします。
(4)接着剤メーカーの商標権侵害事件
さて、このお話も、私の実際のクライアントの方が関わっておりますので、ぼかしたり、少しだけ内容を変えたりしていますのでご了承ください。
1.同業他社が商標権を侵害している!
ある日、とある中小企業の接着剤メーカーの方(仮にA社とします)から、ご相談がありました。
他社が、自分の商標権を侵害しているというのです。
そこで、私がご相談に乗りまして、確かに、その同業他者は、商標権侵害をしているようでした。
今回問題となっているのは、「ABC」という接着剤の商品名なのですが、この商品名は、確かに、A社が商標登録しています。
そして、その同業他社は、同一の名前で接着剤を販売していたのです。
ですから、これはまぎれも無く、商標権侵害事件・・・ということで、私は、その同業他者に対して、使用の停止を求める通知をしました。
2.あっさり片がつくかと思ったら、意外な反撃が
さて、今回の件、その同業他者が商標権侵害していることは、誰の目に見ても明らかでした。
ですから、私は、正直、油断していました。
これは、恥ずかしながら、私の経験不足だったかもしれません。
先方に「商標権侵害だからやめてください」と通知をしたところ、先方は、意外そうに、「え、だってうちは商標登録しているよ。登録◯◯◯◯番です」と返してきたのです。
コレには私も驚きました。
そこで、私がその番号を使って過去のデータベースを調べると、その同業他社の登録商標の情報が出てきました。
なんと、この同業他社は、昔「ABC」を商標登録したのですが、10年ごとの更新を忘れていたため、現在は「ABC」に関する商標権はとっくに切れていた。
それに気づかずに「ABC」という商品名を使い続けていたのです。
現在商標権が無いのですから、現在のデータベースで「ABC」を検索しても出てくる訳がありません。
また、結局のところ、その同業他社には現在権利が無い訳ですから、A社の商標権を侵害していることには間違いがありません。
しかし、事態は、ますます深刻になっていきます。
3.A社が自分で手続した商標登録に穴が発見されました
私は、意外な反撃を受けたので、念のため、A社の権利についてもさらによく調べました。
そうすると、なんと、A社の権利に穴があったことに気がついたのです。
A社は、社長さんが自分で商標登録手続をしたという経緯がありました。
その権利範囲を見ると、一見、何の問題も無く見えるのですが、よくよく調べると、一点付け入る隙があったのです。
私は、これに気がつき、ぞっとしました。
本当は、同業他社に通知する前にこの事実に気がついていなくてはならなかったのですが、正直、当時の私の経験値では、このわずかな穴に気がつくのは無理でした。
それで、私はA社の社長さんに連絡し、すぐに、この穴を埋めるために改めて商標登録出願をするようアドバイスしました。
社長さんもそれに納得し、私は特急で、その日のうちに出願手続をしました。
しかし、なんと、例の同業他社も、その日のうちに弁理士に相談し、再度商標登録出願していたのです。
他人の商標権を侵害するような会社というのは基本的にルーズですので、このような早急で的確な対応をされるとは思っても見ませんでした。
結果として、両者の商標は「同日出願」という形になりました。
この場合、基本的に、一方しか商標登録を受けることができません。
幸い、穴があるとはいえ、A社が先に権利を持っていたので、その点では有利でした。
しかし、決着を付けるまでには、大変な時間がかかりました。
4.自分で商標登録することの危険さ
この事件は、私にとって、一般の方が自分で商標登録することの危険性を再認識させる事件でした。
一番危険なのは、「登録しないこと」よりも、一般の方が自分で商標登録手続をして、「登録したつもり」で、油断して大きく事業を展開することなのです。
同じく、一般の方が自分で商標調査して、「調査したから大丈夫」と安心するのも危険です。
確かに、典型的な業種や商品の場合、書類を作成するのは案外簡単なこともあります。
こういった場合は、一般の方が自分で書類を作ることもできるかと思います。
しかし、近年では、新しい商品がどんどん開発されて、ごくごく普通の「典型的な商品」とはいえないものが多くなってきました。
そういう場合は、一般の方がご自身で商標登録手続するのは極めて困難と言えます。
そして、大きな問題なのは、一般の方には、「これが難しいケースなのか簡単なケースなのか」の判断はつかないということなのです。
例えば、これは商標業界では有名な例なのですが、「ラジオ付き時計」について登録するときは、ラジオと時計、両方について登録しなくてはなりません。
しかし、この商品を作っている会社が、「自分は時計屋さんだ」と認識している場合、「時計」についてだけ権利を取るかと思います。
ラジオについて権利を押さえることに気がつかないのです。
サービス業についても、権利の取得の仕方が難しいケースが多くなってきています。
特に、インターネット関係の会社の場合、第9類のプログラム関係、第35類の広告関係、第42類のインターネット管理業などなど、押さえるべき権利範囲が非常に多岐にわたります。
弁理士でも、商標専門でなければ、権利範囲を確定するのが難しい分野です。
お役所への手続というのは、行政庁の努力により、基本、どんどんユーザーフレンドリーになっていますよね。
ですから、商標登録を代行する業務も、いつかは、世の中にいらなくなるかもしれません。
しかし、現在はまだまだ、商標登録に関しては、「弁理士に相談しないと難しい」というのが実情かなあと思っています。