(1)中小企業や個人事業主の商標登録が増えています
皆さんは、商標登録というと「大企業がするもの」というイメージがあるでしょうか。
それとも、町の飲食店や一人社長の起業家など小さな事業であっても、必要だというイメージがあるでしょうか。
これらのイメージは、どちらも正解といえます。
確かに、昔から、日本における商標登録の件数は、圧倒的に大手のメーカーが多いです。
弁理士の中にも、「大手企業としか付き合いが無い」という方は大勢いらっしゃるでしょう(半分以上?)。
一方で、近年、商標登録の裾野はどんどん広がっています。
中小企業や個人事業主など、いわゆる「起業家」の商標登録は近年非常に増加しています。
(2)起業家にとって商標登録が大事な理由は?
1.「性能」より「誰が作ったか」が重視される
商標登録の裾野が広がって起業家の登録が増えてきた一つの理由として、商標に対する理解が広まったということがあると思います。
現代の社会は、良い「物」や「サービス」があふれていますので、そのときに、「品質の良さ」や「安さ」を語るだけでは、物は売れません。
「この商品は誰がどういう想いで作ったのか」といったストーリーが必要となります。
そして、このストーリーが後に「信頼」となり、「信頼」が蓄積された結果、「ブランド」ができあがるのです。
商標とは、この「ブランド」を示すものに他なりません。
起業家(中小企業や個人事業主)がビジネスをする上で、この「ブランド」(=商標)というものは非常に大切です。
なぜならば、起業家(中小企業や個人事業主)がお客さんから選ばれるには、商品の「品質」や「値段」だけではなく、必ず「あなたから買いたい」という「信頼」の部分が必要となるためです。
2.商標(ブランド名)は「個人名」を超えていくもの
私は、自分自身も起業家ですし、お友達もクライアントも起業家ばかりで、おそらく千人以上の起業家を知っています。
それで、起業家の方の考え方はなんとなく理解しているのですが、その中で、一つの考え方として「何か特定のブランド名をつけるよりも、自分の名前(個人名)をブランド化しよう」という考え方があります。
これは、ビジネスの初期段階では確かに有効です。
ブランド名の機能として「誰から買うか」が重要ですから、それを一番端的に表すのは、その人の「名前」ということになるためです。
自分自身が商品となる「先生業」の人や「タレント」などは個人名をブランド化することも大切です。
ただし、私は、ある程度以上ビジネスを発展させようと思ったとき、「個人名」よりも「ブランド名」の方が、圧倒的に力を発揮すると考えています。
例えば、孫正義さんはとても有名ですが、ソフトバンクの知名度には絶対かないませんよね。
このように、例え個人名がある程度有名になっていたとしても、ブランド名は、それを超えていくものだと考えています。逆にいうと、個人名の方がブランド名よりも有名な場合は、ビジネスとしてまだまだといえるかもしれません。
3.インターネット社会では商標登録の必要性を高めました
個人事業主や中小企業であっても商標登録を無視できなくなった決定的な理由として、「インターネットの普及」があると思います。
いまや、個人の小さな事業であっても必ずWEBサイトがあり、世界中誰でもアクセスできるという状態になっています。
すると、「うちは地方でひっそりやっているお店だから」という言い訳は聞かなくなるのです。
以前、私が弁理士として開業する前、北海道の室蘭という小さな町で大学の研究員をしていたのですが、この室蘭で40年営業している小さな小料理屋から商標の相談を受けたことがありました(室蘭には弁理士は一人しかいなかったので、大学の先生の紹介でたまにこんな相談が来るのです)。
なんと、東京の企業から商標権侵害で警告書が送られてきたというのです。
この東京の企業は、おそらく、インターネット検索によってこの室蘭のお店を知ったのだと思います。
この小料理屋は、ホームページすら持っていませんでしたが、「ぐるなび」のようなポータルサイトに情報が載っていたのです。
(3)起業家にとっての商標登録は「価値観」そのもの
1.商標登録は保険に似ている
皆さんご存知の方も多いと思いますが、商標登録という制度は、商号の登記のような法律上の義務ではありません。
ですから、登録をしないでビジネスをしている方も多いです。
しかし、商標登録をしないでビジネスをするには、リスクがあります。
登録をしなければ、将来この商標は誰かが先に登録してしまうかもしれず、そうなると自分は、今使っているこの商標が使えなくなるのです。
そういう意味で、商標登録は「将来のリスクに備える」という性質が大きく、損害保険に似た側面があると思います。
将来、この商標を誰かが先に登録してしまうかもしれない。そのリスクに備えるための保険です。
2.保険と同じで商標登録するかどうかも「価値観」が大きい
保険に入るかどうかというのは、価値観によるところが多いですよね。
将来のリスクに対してどれくらい投資するか、というのは、人それぞれだと思います。
その点も保険と似ていて、起業家(中小企業や個人事業主)の場合、「商標登録にどれくらいお金を使うか」「ビジネスがどの段階になったら商標登録するか」などは、経営者の価値観によるところが非常に大きいです。
3.女性の起業家は商標を大事にする傾向にあります
私は、女性の起業家のお客様の割合がとても多いのですが、女性の起業家は、男性の起業家に比べて、早い段階で商標登録する傾向にあるように感じます。
おそらく、女性の起業家の方が男性の起業家より、将来のリスクに備えるという気持ちをしっかりもっていることが一因と思われます。
これも、女性の方が男性よりも保険に入る人が多いのと似ています。
また、女性の起業家は、自分のブランドやお客さんに対する愛着が強い傾向にあります。
ですから、「商標登録をすることがブランドの保護だけでなくお客さんのためにもなる」ということをきちんと説明すると、商標登録の大切さを理解してくれる方が多いです。
(4)起業後、商標登録するタイミング
商標登録するタイミングは、結論から言ってしまうと、早ければ早いほど良いことになります。
とはいえ、起業したばかりの場合は、予算との兼ね合いということがあります。
事業を回すのに必要なお金がないのに、最優先して商標登録をすることをおすすめする訳ではありません。
それでは、「商標登録が極めて重要になってくるタイミング」というのはいつかと言いますと、それは、「お客さん」や「取引先」に商標が認識されるようになったとき、ということになります。
具体的には、例えば、「お客さん」が、あなたの個人名ではなく、その商品やサービスなどのブランド名を認識するようになってきたとき。
あるいは、「取引先」が大きい企業になってきたときなどは、商標登録を考えなくてはならないタイミングです。
もし、あなたが登録を怠ったばかり急に商品名を変えなくてはならなくなった場合、あなたの商品を気に入っている「お客さん」(ファン)は、とてもがっかりしますよね。
もうあなたの商品を買いたくないと思うかもしれないし、今まで購入してきた商品も、買わなければ良かったと思うかもしれません。
そして、もっと困るのは「取引先」です。例えば、あなたの商品を販売していた「小売店」は、あなたの商品名が変わってしまったら、今まで通りに売れなくなることが予想されます。
こういったことがあると、「取引先」に、経済的に非常に迷惑をかけてしまうのです。
この「取引先」というのは、みなさん非常に見落とし勝ちな観点です。
商標登録について考えるときは、つねに、「自分」「お客さん」「取引先」という3つの人物に注意を払うよう、気をつけましょう。