(1)特許と商標登録
1.特許と商標ってどう違うの?・・・というよくある驚愕のご質問
商標登録初心者の方からいただくよく質問として、「特許と商標ってどう違うの?」というものがあります。
これは、失礼を承知で申し上げますが、弁理士からしてみると、ものすごくびっくりな質問なんです。
例えるならば、「スーツと手袋ってどう違うの?」 という質問と同じくらい・・・あまりに違いすぎて逆に説明するのが難しく、困ってしまうのです。
2.特許は技術、商標登録は名前やロゴマーク
簡単に言うと、このような説明になります。例えば、「iphone」という商品名は商標であり、iphoneの中身の技術(テクノロジー)が特許ということです。
弁理士の業務でいいますと、商標登録と特許では、作る書類が全く違います。
商標登録をするときに必要な書類は、せいぜい2ページくらいです。
書いてあるのは、どんな商標(名前)を、どんな業種(iphoneであれば、「電子機器」)に使用するのか、ということ。
一方、特許出願に必要な書類は、少なくとも10ページ、多い場合は数十ページになります。
記載する事項は、この技術がどのような技術で、どのような点が従来の技術と比べて新しいのか、そして、どの部分を権利化したいのか・・・ということを文字や図面を使って克明に表記します。
これらの書類を比べてみてもらえば、特許と商標登録というのは全く異なるものであることがわかるかと思います。
3.商標登録より特許の方が難しい?
こうやって書くと、特許の方が圧倒的に難しそうですよね。
事実として、特許庁に提出する書類をつくる行為自体で比べると、特許の方が圧倒的に専門性が高いですし、時間もかかります。
しかし、商標登録にも極めて専門的で難しい部分があります。
どの業種について商標登録するかという、「指定商品・役務」の書き方も必ずしも簡単ではありません。
例えば、ごく普通の飲食店などであれば、「飲食物の提供」ということで非常に簡単なのですが、これがIT系の事業をしているような場合であれば、どの業種を指定するかを検討するには、その企業が今どんな事業をやっているか、そして、将来的にどのような事業を展開して行くかを想像する力が必要です。
4.特許は創作物、商標は選択物
かなりマニアックな話ですので、特許と商標の関係について関心の強い方のみ読んでいただければと思いますが・・・
もしかしたら、特許と商標登録がごっちゃになるという方は、商標を特許と同じ「創作物」として捉えているのかもしれません。
特許というのは、技術的な創作です。
つまり、技術者が、ああでもないこうでもないと試行錯誤して、世の中に新しく作り出した技術が特許となります。
例えば、スマートフォンの例でいうと、スマートフォンの画面のガラスがどうにも割れやすいので、ガラスの組成を思考錯誤して、今までにない画面の割れづらいスマートフォンを創り出した・・・
このように、特許は、新しく創り出したものですので、「創作物」と呼ばれます。
一方、商標はどうでしょうか。
商標は、法律上、「創作物」ではなく「選択物」であると解釈されています。
例えば、アップル社は、「iPhone」という商標を、無限に選択しうる商品名の中から「選択」している、という考え方です。
そして、選択的に使用していった結果、iPhoneという商標に「信頼」が蓄積される。
この「信頼」を保護しよう、というのが商標の考え方です。
確かにiPhoneという商標は、アップル社の人が新しく考え出した(作り出した)ものかもしれませんが、この新しく商標を考え出したという行為について、商標法は、なんら保護を与えていないのです。
世の中にはネーミングライターという職業もあるくらいですから、「商標は創り出したものだ」という考え方も間違っていないと思いますが、商標法の保護対象は、あくまでも、「選択的」に使い続けた結果蓄積された「信頼」だということを覚えておきましょう。
5.製造方法の特許と商標登録
以上のように、特許と商標登録というものは全く異なるものではありますが、やはり、同じ「知的財産」ですので、非常に密接な関係を持っています。
例えば、とてもおいしいラーメンを作るラーメン屋さんがあったとします。このラーメンの作り方というのは、何かしらの新しい技術を使ったものであれば、製造方法の特許の対象となり得るわけです。
しかし、こういったラーメンの作り方などは、どちらかというと職人の技量によるところが多く、製造方法の特許にはならない場合も多いです。
仮に特許を取れたとしても、それは、そのラーメンの作り方全てを網羅するものではなく、ごく一部について権利が認められるに過ぎません。
そこで、製造方法の特許に頼らず、「商標登録でお店のブランドを守る」という方法がとられます。
ラーメンチェーン店がそれに該当します。多くのラーメンチェーン店は、それぞれ独自のラーメンの製法を持っています。
本来は、これらのラーメンチェーン店の売りは、独自の製法による独自の「味」な訳ですが、実際は、ラーメンの味だけでビジネス展開している訳ではありません。
「味」はもちろんですが、むしろ有名になったラーメンチェーン店の「ブランド」が、お客さんからの信頼を高め、利益の元となっているのです。
6.人体の治療方法と商標登録
「人体の治療方法」は、日本の法律では特許にできないことになっています。
そこで、治療法の名前として商標登録するという手段があります。
人体の治療法等は、非常に公益性の高いものですので、誰か一者に独占させるよりも、広く誰もが使えるようになるのが理想ですよね。
しかし、誰もが使えるようにした場合、正しい使い方をしない人も出てくるのが残念なところです。
ですから、世の中に広く広めるだけではなく、「正しく」広める責任が生じる場合があります。
人体の治療法のように公益性の高いものであっても、商標登録をするというのは、「品質保証機能」のためです。
つまり、「この商標を使っている事業者のサービスであれば、品質は間違いない」ということを世の中に認知してもらうために商標登録をする訳です。
7.特許権は20年、商標権は永遠
技術に誇りを持っている現場のエキスパートは、自分の商品やサービスの本質は高度な技術にあり、名前やブランド(つまり商標)ではない、と考える人もいます。
そういう方は、特許を非常に重視する一方で、商標登録を過小評価する傾向にあります。
しかし、長期的に事業を継続しようと思った場合、商標登録というのは特許以上に重要な場合があります。
なぜならば、特許権は、最大でも20年しか維持できない権利であるのに対して、商標権は、10年ごとに更新手続をすることで、半永久的に権利を維持することができるものだからです。
しかも、特許権の対象となる技術というものはあっという間に古くなり、価値が下がってしまう傾向にあります。
それに対して、商標登録の対象となるブランドは、時間が経てば立つほど信頼が高まり、価値が高まる傾向にあります。
したがって、技術力を売りにした会社であっても、商標登録を使ったブランド戦略というのは非常に有効なのです。
(2)意匠と商標の関係
意匠登録と商標登録は、少しだけ似たところがあります。意匠登録の対象となる「意匠」は、英語で「デザイン」といいます。
一方で、商標登録の対象となる「商標」も、例えばロゴなどのマークが含まれており、これは一種のデザインですので、こんがらがってしまう方もいるようです。
1.意匠とは「プロダクトデザイン」
意匠とは確かに「デザイン」なのですが、デザインはデザインでも「プロダクトデザイン」だと思ってください。
つまり、物の形(色や模様との組み合わせを含む)のデザインです。
ですから、物と一体になっていないロゴなどのマークそのものは、デザインではあっても、意匠ではありません。
こういったロゴなどのマークそのものは、主に、商標として登録することになります。
2.パッケージデザインは商標登録と意匠登録、両方の対象となり得ます
一方、商標登録と意匠登録、どちらの対象ともなりうるものもあります。
例えば、ペットボトルのミネラルウォーターのパッケージに貼られているラベルのデザインなどです。
ペットボトルのラベルを見ると、その商品がボルヴィックなのか、いろはすなのか、あるいは、キリンの商品なのか、コカコーラの商品なのか、分かりますよね。
つまり、このようなラベルは、商品の出所を表すマークであり、一種の商標といえます。
ですから、当然、登録の対象となります。
また、このようなラベルは、同時に、ペットボトルのデザインの一部ともいえます。
したがって、ペットボトルという物品のプロダクトデザインでもありますので、意匠登録の対象ともなりえます。
このような場合、どちらで保護するのがベストかはケースバイケースです。
重要なものについては、意匠登録と商標登録の両方を併用することになります。
意匠登録と商標登録の大きな違いとして、意匠権は最大20年しか維持できない一方で、商標権は、更新し続けることで半永久的に権利を維持可能ということがあります。
そういう意味では、意匠登録をしたとしても、その一方で商標登録をする意義というのは非常に高いです。
(3)著作権と商標の関係
「これって商標ですか? それとも著作物ですか?」というご質問をよく受けることがあります。
質問の対象となるのは、特に、ロゴやキャラクターデザインなどです。
1.商標権と著作権は、二重に発生することが多い権利です
結論から言いますと、著作権と商標権は、同時に、両方の権利が発生することが多々あります。
その場合は、著作権でも保護される一方で、商標権でも保護されることになります。
しかし、著作権と商標権は、権利を使うためのルールが全然違うので、注意が必要です。
つまり、それぞれ一長一短であり、どちらかがあればそれだけで安心、というものではないということです。
2.商標とはマーク(目印)
商標と著作物の関係について考えるには、一度、「商標とは何か?」ということに立ち戻る必要があるかと思います。
商標とは、英語でいうと「トレードマーク」です。トレードは「商取引」を意味します。
そして、マークは「目印」を意味します。
つまり、商標とは、商取引のための「目印」をいうのです。
ということは、極端な言い方をすると、「商取引」のための「目印」となるならば、なんでも「商標」となりうるということです。
そういう意味で、本来、商標というものの定義は非常に広いのです。
ただ、その中で、もっぱら「商標登録」される商標は、「文字」「ロゴ」「図形」 となります。
「ロゴ」というのは、文字と図形を組み合わせたものをいいます。一方、文字と組み合わさっていないものを「図形」と呼んでおり、キャラクターデザインのような絵的なものも「図形」の一種です。
どちらも登録の対象であることには変わりありません。
つまり、平面的に記載可能なものですね。
3.「ロゴ」や「図形」は、美術の著作物の一種です
以上の通り、「ロゴ」や「図形」は、登録の対象となります。
その一方、これらは、創作物ですので美術の著作物として、著作権で保護されます。
著作権は、商標権とは異なり、なんら登録などは必要の無い権利です。
ですから、「ロゴ」や「図形」をデザイナーの方が創作したら、その瞬間に、「著作権」という独占的な権利が発生していることになります。
一方で、商標権は、登録手続をしなければ発生しない権利です。
ですから、ロゴや図形を特許庁に届け出て、審査を経て、登録料を支払って、初めて商標登録がなされます。
そして、「商標権」という著作権とは独占権が発生するのです。これらの二つの権利は、同時に存在することになります。
4.文字商標は著作物?
さて、ロゴや図形の商標が美術の著作物に該当することがあると書きましたが、それでは、文字商標は、どうでしょうか?
文字商標は、言語の著作物に該当するでしょうか?
これについては、議論の余地がありますが、基本的には、商標登録の対象となるような短い言葉は、言語の著作物ではないとされています。
これについては、注意が必要です。
つまり、自分が新しく考えた名前(例えば商品名)には、著作権が発生しており、誰にも真似できないのだと誤解している方がたまにいらっしゃいます。
もし、「著作権が発生して誰も真似できないので、商標登録をする必要は無い」と考えているとしたら、それは非常に危険です。
確かに、「ネーミングライター」という仕事があるくらいで、新しい名前を考え出すことは、一種の創作的な行為だと思います。
しかし、著作権法では、こういった新しい名前は保護されませんので、注意しましょう。
5.「著作権」があるのに、なぜ商標登録するの?
著作権は、なんら登録などしなくても発生する権利であり、特に権利を取得するのにお金はかかりません。
一方、商標登録は、特許庁に届け出て審査を経て登録になって初めて発生する権利であり、しかも、権利を取得するのにお金がかかります。
そうすると、「ロゴ」や「図形」については、著作権で保護されていれば十分であり、商標登録をする必要はないようにも思えます。
しかし、実は著作権という権利は、思いのほか弱い権利なのです。
なぜかというと、著作権で保護されるための要件として、「似ていること」と「真似したこと」の二つの要件を満たしていなければならないためです。
例えば、あなたが創作した図形のデザインと似た図形のデザインを他人が使っていたとします。
このとき、あなたが他人の行為をやめさせるには、他人が使っている図形のデザインがあなたの図形のデザインと「似ていること」だけでは足りず、その他人があなたの図形のデザインを「真似して」創作したことを証明しなくてはなりません。
ですから、その他人が、あなたの図形のデザインとは関係なく、たまたま似たものを作った場合は、著作権では保護されません。
しかも、この「真似した」かどうかは、主観ですので、なかなか客観的に証明することができません。
一方、商標登録による商標権は、非常に強い権利です。
登録した商標と「似た商標」を「登録した業種と似た業種」について使っていれば、問答無用で使用をやめさせることができるのです。
「知らなかった」ということは通用しませんし、「私の方が先に使っていた」という言い訳も通用しません。
そういう意味で、商標登録をしておくと、他人とのトラブルを圧倒的に簡単に解決できる場合があるのです。
※ ただし、先に使っていて、かつ有名になっていれば制限付きで使用を認められる場合があります。
6.東京オリンピックのエンブレム問題
一時期、東京オリンピックのエンブレムの問題話題になりました。
私は、この事件についての真相を知り得ませんし、それほど多くの情報を知っているわけでもありませんから、結論についてはコメントいたしません。
この東京オリンピックのエンブレム問題は、世間において、様々な論点がごちゃごちゃになって議論されていたように思います。
ここでは、その内、「知的財産」に関する議論、しかも「法律」に関する議論だけに着目して整理してお話ししたいと思います。
私の知る限り、東京オリンピックのエンブレム問題は、「著作権」に関する論点と、「商標権」に関する論点があります。
これは、本来、別々に分けて整理して考えなくてはなりません。
まず、先に、話しやすい商標権に関する論点からご説明します。
今回の件、少なくとも、商標権的には何ら問題はありません。
問題となったベルギーの映画館の商標は、日本において商標登録されていなかったわけですから、商標権侵害の問題は起こりえません。
ただ、一つ、強いてあげるとするならば、こういった公的に重要なエンブレムは、商標権的に全く隙がない状態にするため(つまり、きちんとやっているよと示すため)、せめて日本において商標登録はしておくべきだったかな、という程度には思います。
次に、著作権に関する論点です。
著作権に関しては、商標権と大きく異なる事情があります。
著作権は、商標権と違い登録は必要なく、さらに世界中に権利が及ぶということです。
ですから、日本で全く使われていなかったベルギーの映画館のマークであっても、その著作権を侵害するということはあり得るのです。
そして、著作権侵害が認められるためには、大きく、二つの要件を満たす必要があります。
「真似をしたこと」(依拠性)と「似ていること」(類似性)、この二つです。
世間では、この2つを混ぜ合わせて、いわゆる「パクリ」という言葉が使われていました。
まず、佐野氏の創作したエンブレムとベルギーの映画館のマークが「似ているこか」についてですが、これについては、似ているようにも思えるし、似ていないようにも思えます。
私も専門家ではありますが、私の見解を示してもあまり意味がありませんので、判例や学説に任せたいと思います。
究極的には、裁判官の判断を仰がなくては判断できない事項です。
それよりも、今回の場合、興味深いのは、「真似をしたか」という部分です。
「似ている」という要件がある程度客観的な要件であるのに対して、この「真似をした」というのは、完全に主観です。
ですから、証明することは容易ではありません。
著作権侵害の裁判では、こういう場合、心の中を除くことはできないので、「元になったとされるベルギーの映画館のマークがどれくらい有名だったか」や、「佐野氏がこのベルギーの映画館のマークを見たことがあるという証拠はあるか」など、そういった客観的な要素から「真似をした」ということ推定しようとします。
今回の場合は、真相は分かりませんが、少なくとも「真似をした」と推定するには、ベルギーの映画館のマークは、少々、日本人にとっての知名度にかけるものだったようには思います。