浅草の老舗すき焼き店『ちんや』の6代目店主・住吉史彦さんが、自身のブログ『浅草ちんや六代目のすき焼きフルな日々』で、「高級牛肉の代名詞である霜降り肉の提供をやめる」と宣言したことが話題になりました。
今後は、適度なサシが乗った「適サシ肉」を店で提供していくとともに、「適サシ肉」を商標登録し、他店でも使えるようにする考えだそうです。
さて、その真意とは。
脱霜降り肉宣言の背景
住吉さんがブログで 「適サシ肉宣言(住吉さん本人は“脱霜降り”を否定)」したのは、今年1月15日でした。
2月8日になって文春オンラインが報じると、他の大手メディアもこの話題を取り上げ、大きな反響を呼びました。
「適サシ肉」宣言! – 浅草ちんや六代目のすき焼きフルな日々
ところで、そもそも、すき焼き店がなぜ霜降りをやめるという大胆な選択をすることになったのでしょうか。
住吉さんの「適サシ肉宣言!」によると、「脱霜降りではなく、すき焼きとして食べておいしい適度なサシの入った肉を提供する」ということのようです。
どういうことでしょうか。
住吉さんは、「適サシ肉宣言」を行った翌日のブログでも、この話題に触れ、決断までの経緯を説明しています。
かいつまんでいうと、そもそも、霜降り肉がもてはやされるようになったのは、1980年代からで、意外と最近のことだったのです。
その原因は、日米貿易摩擦にあります。
アメリカ産の安い肉に対抗するため、国内の食肉業者が霜降り肉に目をつけ、ブランド化を図ったというのです。
ちょうどそのころ、世の中はバブル景気に突入しており、付加価値のついた霜降り肉がもてはやされるようになりました。
食肉業界は、黒船の参入というピンチをチャンスにかえ、見事、霜降り肉のブランド化に成功したのです。
過度な霜降りはおいしくないことに消費者も気づいた
私たち日本人の消費者の中にも、いつしか、「いい肉と言えば霜降り」というイメージが固定化していきました。
ところが、霜降り肉なら高くても売れる、ということになり、食肉業界はより脂の乗った肉を開発するため、品種改良や生育方法の工夫を行っていきました。
果たして、その結果、どうなったでしょうか。
従来は、肉総量の30%程度の脂身が入ったものを霜降り肉と称していたのが、どんどん脂の量が増えて、50%になり、しまいには75%という肉まで登場しました。
これは少々行き過ぎです。
消費者もさすがに「何かへんだ」と気づきました。
奮発してサシがたっぷり入った霜降りを買ったけれど、実際に食べてみたら脂っこいだけでさしておいしくもない。
それに、胃もたれがしてしょうがないという経験をした人も多いはず。
最近では、霜降り離れが起こり始めていたのが現実です。
極端な生育法の影響で健康を損なう牛も
霜降りの行き過ぎはもう一つ大きな問題を生みました。
牛の健康状態の悪化です。
人間だって体脂肪率が25%を超えたらメタボリックシンドロームと言われ、生活習慣病などのリスクが増大します。
サシとはつまり、脂肪ですから、50%とか、まして75%という脂肪率になったら、牛だってそれはおかしくなります。
案の定、生育過程で健康を損なう牛がでているそうです。
その原因の一つが、ビタミンコントロールという生育法にあるそうです。
栄養素の一つであるビタミンAを意図的に不足させる状態をつくるとサシが入りやすくなることが発見され、多くの畜産農家で取り入れられました。
もちろん、そんなことをしたら栄養障害が起きます。
中には、ビタミンA不足が原因で失明する牛もいるとのこと。
純粋に肉のおいしさを追求するムーブメントを
ちんやの住吉さんの“適サシ肉宣言”は、行き過ぎた“霜降り信仰”へのアンチテーゼでもあったわけです。
かわりに、ちんやでは、純粋にすき焼きとして食べたときのおいしさで考え、適度なサシの入った状態のものを、「適サシ肉」と呼び、店で提供するように切り替えました。
いまちんやで出している「適サシ肉」は、脂肪率が30%程度のものです。
実はこれこそ、霜降り肉ブームが起こる前、1980年以前に「霜降り肉」と呼ばれていたものだったのです。
住吉さん自身は、決して霜降りを否定しているわけではありません。
あくまで、すき焼きとして食べておいしい肉を純粋に追求していったら、元々の霜降りに戻ったというわけです。
結局、元に戻っただけとはいえ、この30年間ほどの霜降り肉ブームによって、本来の霜降りの概念が完全に変わってしまいました。
そこで、新たに「適サシ肉」という商標を登録することによって、本来の肉のおいしさ、健康な肉を追求するというムーブメントを作ろうというのが、住吉さんの真意だったようです。
参考:
老舗すき焼き店が「もう霜降り肉は出しません」!(文集オンライン)
人+お肉Smile片平梨絵オフィシャルブログ「適サシ宣言について思うこと」