世界的ヒットになったピコ太郎さんの「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」や、経産省が推進している「プレミアムフライデー」の商標が、無関係な第三者によって勝手に商標登録出願された問題が世間をにぎわせました。
このニュースがきかっけになり、日本の商標法では出願主義をとっていることを初めて知った人も多いのではないでしょうか。
出願主義とは、使用実態とは関係なく、先に商標登録出願した人に商標権を与えるという制度の運用ルールです。
このルールを悪用し、一部の会社や人が、使用実のないまま他人の商標を勝手に商標登録出願している実態があります。
それでいながら、なぜこのような運用を行っているのでしょうか。
別の記事はでは、法律の運用面でのメリットからほとんどの国で出願主義を採用していることを説明しました。
ここでは、商標法の本質という面からこの問題を論じてみたいと思います。
商標法の本質とは
商標法の本質を一言で表すなら、商標を他人に使われないために権利化して守るための法律なのですが、もう一言付け加えると、「商標に積み上げられた信用を守るための法律」と表現できます。
どういうことか説明します。
たとえば、あなたやあなたの身内が重篤な心臓疾患に侵され、人工心臓を移植する手術が必要になったと想像してみてください。
ここに、3種類の人工心臓があり、あなたに選択権があります。
3つのうち、どの製品を選びますか?
- A 国内医療機器メーカー大手、オリンパス製
- B 世界的家電メーカー、パナソニック製
- C 聞いたこともない外国メーカー製
おそらく、ほとんどの人がAを選んだはずです。
では、こうしたらどうでしょう。
- A オリンパス製は100万円
- B パナソニック製は50万円
- C 外国メーカー製は10万円
それでもやはり、ほとんどの人がA のオリンパス製を選んだはずです。
医療機器の素人に、専門的なことはわかりません。
ひょっとしたら、外国メーカー製もよい性能を持っているかもしれません。
もしそうだとしたら、オリンパス製の100万円に対して、10万円はかなりお得です。
また、世界的な家電メーカーであるパナソニックの製品が、オリンパス製と比べて半額ですから、これも結構お得です。
それでも、もっとも高い100万円のオリンパス製をほとんどの人が選ぶのは、その製品の背景に積み上げられた信用があるからです。
外国メーカー製は10万円という破格値ですが、いったいどんな製品かわかりません。
ひょっとしたら性能がいいかもしれないけれども、ひどい欠陥品をつかまされる危険がつきまといます。
まったく信用が蓄積されていない状態です。
パナソニック製は、聞いたこともない外国メーカー製よりは信用があります。けれど、医療機器となると、やはり専門ではないので信用はまだそこまで積み上がっていません。
この点、オリンパスは、長年、医療機器の開発に携わっており、この分野で高い技術と知見を確立していると容易に推察されます。信用が厚く積み上げられているわけです。
差別化された商標には大きな財産が詰まっている
当然ながら、オリンパスが築きあげた信用は、一朝一夕に作られたものではありません。
創業から現在まで、歴代の経営者、かつて在籍したすべての社員たちが日々の業務の中で膨大な時間と労力をかけて行ってきた事業活動のすべてが集積して構成させているものです。
こうした膨大な努力と情熱が背景にあるからこそ、10万円と100万円という圧倒的な価格差があっても選ばれるわけです。
差別化されたブランド力のある商標にはそれだけ大きな財産が詰まっており、そして、その価値の恩恵を受けるものは、唯一、商標の信用を築くために膨大な努力をしてきた者にだけに限らなければならないはずです。
したがって、商標登録されている、いないに限らず、法律によって守る必要があるということです。
たまたま似てしまった場合は完全な早い者勝ち
ここまでの話は、商標に膨大な信用が蓄積されている著名商標の場合です。
問題は、それほど有名ではない商標の権利をどう見るかです。
たとえば、こういうことです。
あるところに、小さな化粧品メーカーがありました。
長年、他者の化粧品の受託生産などを行っていたメーカーでしたが、社長はあるとき、思い切って自社ブランド商品の開発に着手しました。
経営者の思いのこもったこだわりの商品ができあがったものの、小さなメーカーなので宣伝費も十分にかけらません。
それでも、製品のよさが伝わり、口コミで少しずつ愛用者が増えていきました。
ところが、発売から数年たったころ、思いもよらないことがおこります。
大手化粧品メーカーが、小さなメーカーの自社ブランドとまったく同じ商標の新商品を大々的に発売したのです。
慌てて商標登録出願した小さなメーカーでしたが、時すでに遅く、大手メーカーに出願日で遅れをとってしまったのです。
さて、先に商標を使用していたのは小さなメーカーです。
商標の知名度は高いとは言えなくても、ちゃんと商標を使っていた実績があり、その証拠を出すこともできます。
他方、後から商標を使い始めた大手メーカーは、小さなメーカーが先に使っていることを知らずに、たまたま同じ商標になってしまったものです。
もうすでに、ロゴもパッケージも作って、大々的に宣伝してしまっていますので、いまさら変えられません。
この場合、商標登録の行方はどうなるのでしょうか。
PPAPやプレミアムフライデーなど、他人の商標と知っていながら、横取りする目的で商標出願されたケースでは、たとえ出願日で一番乗りしても、不正な出願と判断され、商標登録される可能性は高くありません。
しかし、悪用の意図はなく、たまたま偶然、同じ商標がかぶってしまった場合は、完全な早い者勝ちです。
したがって、このケースでは、先に商標を使用していた小さなメーカーではなく、先に出願した大手メーカーに商標登録の優先権が与えられます。
知名度の低い商標こそ権利化を
数年間、コツコツ売って商品を育ててきた小さなメーカーの商標を、後からきた大手メーカーが独占してしまうのは、一見すると理不尽なことのように思えます。
しかし、商標法の本質に照らし合わせれば、それも合理性があることなのです。
商標法では、商標そのものに価値はなく、商標の背景に積みあがった信用に守るべき価値があると考えます。
商標を先に使っていたのは小さなメーカーですが、宣伝費もかけられず、販売ルートも限られていたので、数年かかってごく限られた範囲に商標が知られていたのにすぎません。
商標の信用がほんのちょっとだけ積みあがった状態であり、守るべき価値レベルが低いわけです。
これに対して大手企業は、後から商標を使い始めたとはいえ、発売に先立ってお金をかけて大々的な宣伝を展開し、発売と同時に一気に知名度を確立しています。
商標出願でも先を越された上に、周知性でもあっという間に水をあけられてしまった小さなメーカーは、数年かけて育てた商標をあきらめるしかないでしょう。
知名度が低い段階であっても、自分が先に商標登録出願しておけば、問題なく商標権を手にできたはずです。
知名度の高い有名な商標というのは、商標登録していなくても、商標権が守られます。
また、商標法だけではなく、不正競争防止法など他の法律でも商標が守られます。
したがって、まだ知名度の低い、無名な商標だからこそで、自分たちの大切な商標として商標登録し、権利化して守らなければならなかったわけです。