2016年末に動画投稿サイトから火が付き、世界的な大ヒットになったピコ太郎さんの楽曲PPAPにかかわる商標を、まったく無関係の大阪の会社が勝手に商標登録出願していた問題が世間の関心を集めました。
騒動が発覚した当初、テレビの情報番組などでも盛んに取り上げられ、また、ネット上でも様々な人が様々な意見を発信しており、いろいろな意味で話題を呼びました。
騒動から少したった現在、一通りの情報が出尽きると、すでにこの問題は決着がついた、という風潮に落ち着いてきたようです。
無関係な第三者の商標登録が認められる可能性は低く、ピコ太郎さんが楽曲を歌えなくなることはないし、ライセンス料の支払いなども必要ない、といったような楽観視する論調が支配的です。
しかし、本当にそうでしょうか。
本当は、決して楽観的な状況ではなく、PPAPの商標が第三者によって登録されてしまう可能性は実はまだ残されています。
PPAPの商標問題の経緯
どうして、ピコ太郎さんともエイベックスとも関係ない大阪の会社が登録出願した商標登録が認められてしまう可能性があるのでしょうか。
その説明の前に、騒動の経緯をざっと振り返ってみたいと思います。
無名のシンガーソングライターだったピコ太郎さんが、動画投稿サイトに自身が歌う「ペンパイナッポーアッポーペン」の動画を投稿したのが、2016年8月25日。
その後、世界的な歌手がSNS上でこの動画を絶賛したことから一気に注目が高まり、同年9月30日~10月6日の週間動画再生回数ランキングで世界一を記録するなど、一躍世界的なヒットになりました。
動画の中で、ピコ太郎さんが身に着けている衣装が、10月末のハロウィンの仮装でさっそく取り上げられ、忘年会では特徴的なダンスやフリがさんざんネタにされ、年末には、楽曲を略したPPAPは流行語大賞に選ばれるなど大ブームを巻き起こしました。
こうした状況に、楽曲を管理するエイベックスでも権利の保護に動き、2016年10月14日、PPAPを特許庁に商標出願しました。
ところが、なんと9日前の10月5日に無関係な大阪の会社がPPAPを勝手に商標出願していたことが発覚したのです。
日本の商標法では、使用の実態ではなく、先に商標出願した人の権利を優先する「先出願主義」を採用しているため、著作権者であるピコ太郎さんが楽曲を歌えなくなるかもしれず、歌えたとしても何らかのライセンス料を支払わなければならない事態になるのではないかと危惧された、というわけです。
PPAP問題に対する一般的な解説
この問題が報じられると、テレビやネットも素早く反応。様々な角度からの検証が行われ、事実が分かってくると次第に楽観論へと傾いていきました。
いわく、
- 第三者による商標出願は、出願手数料を支払っていないなど、不正出願のため審査が却下される可能性が高い。
- よしんば出願手数料を支払っても、他人の商標を第三者が勝手に商標登録することはできず、いずれにしても第三者の商標登録が認められることはない。
というものです。
これは確かにその通りです。
商標を出願登録するためには、出願手数料を支払わなければなりませんが、支払いは出願と同時でなければならない、という決まりはありません。
猶予期間があり、出願手数料を支払わなくても特許庁では出願を受理します。
ただし、手数料を支払わない限り審査はしません。
その後、特許庁では、出願手数料を支払うよう出願人に通告します。
通告は払うまで度々行われ、それでも支払われないと6カ月で自動的に出願を却下します。
6カ月以内に出願手数料が支払われれば審査に移りますが、第三者による商標登録が認められる可能性が低いのは確かです。
今回、PPAPなどの商標を出願した大阪の会社の代表者は、出願がビジネス目的であることを自ら認めています。
実際に、楽曲を管理するエイベックスに商標権の買い取り、ないし、ライセンス料の支払いを要求する構えを見せており、テレビや新聞のインタビューに対して、警告書をエイベックス側に送ったことも明かしました。
このように、金銭などを要求する目的で、他人の商標を勝手に出願することは認められていません。(商標法第4条第1項第19号など)
したがって、第三者による商標出願が登録されることはなく、本来の商標権者であるエイベックスの商標出願が認められる可能性が高いことは間違いありません。
それでも楽観できない理由
しかし、それでも、「もう大丈夫」と安心するのは早計です。
商標法では、出願時に商標をすでに使用していることを要件としないため、全く使用していない商標を出願して登録されるケースが実際にあります。
使用実態のない商標の出願を認めているのはいくつかの理由があり、それはいずれも、出願者の事務処理の便宜を図り、商標権者の権利保護がよりスムースに行われるように配慮したものです。
しかし、制度の趣旨はそうであっても、特許庁としては手続きそのものが正当に行われた場合は、法律に則って粛々と手続きを行わればなりません。
大阪の会社が、本来の商標権者であるピコ太郎さんやエイベックスに金銭を要求する目的で商標出願したものであることを重々承知でいながら、それでも登録査定(登録を認めること)の判断を下さなければならないケースもありうるということです。
今回、PPAPの商標を勝手に出願した大阪の会社の代表は、元弁理士であり、こうした法律の手続や実態を熟知しており、制度の隙間をずるがしこく利用しているのです。決して侮ることはできません。
カギは出願自店でのPPAPの周知性
無関係な大阪の会社が行った商標出願が本当に認められてしまうのかどうか、そのカギは、PPAPという商標の周知性にあります。
周知性とは、全国に広く知れ渡って、誰でも知っているということです。
商標法では、先に出願した人に権利の優先権が与えられるのがセオリーです。
しかしながら、誰もが知っている周知商標を勝手に出願しても認められることはありません。
「それなら大丈夫。PPAPの商標は、日本中はおろか世界中の人が知っているから、周知商標と言えるはずだ」
という声が聞こえてきそうですが、実はそう単純ではありません。
確かに、現在では子供からお年寄りまで知らない人はいないでしょう。
しかし、大阪の会社が商標出願した時点、つまり、2016年10月5日だったらどうでしょうか。
PPAPが社会現象になるまでには、アメリカ人の著名歌手がSNSで動画を紹介し、海外で話題になったものが日本に逆輸入されたという経緯があります。
9月の末ごろには、すでに世界中でPPAPが話題になっていましたが、私たちがその状況を知ったのは、そのあとです。
10月5日というのは、ちょうど国内の情報番組で、日本人の投稿した動画の再生回数が海外ですごいことになっているという話題として取り上げられ始めた微妙な時期に当たります。
果たして、この時点でPPAPがすでに周知であったと判断できるかどうかにかかっていると言えます。
大阪の会社は、おそらくそこまで考えて出願しているはずです。
権利保護に対する意識の甘さが背景にある
ここで度々登場する大阪の会社とは、ベストライセンスという会社で、この会社、そして、この会社の代表である上田育弘氏という人物は、商標の世界では非常に有名な人です。
もう数年前から、今回のような形で、他人の商標を無断で勝手に大量出願しており、問題視されています。
上田氏のやっていることは、制度の趣旨に反しており、本来は認められるべきではなく、今回の件でも、彼の主張が認められないことを祈るばかりです。
しかしながら、つけ入る隙を与えてしまったという意味で、エイベックス側の油断があったことは否めない事実として受け入れる必要があります
今回、ベストライセンスの行った商標出願が登録される可能性は低く、結果的には、エイベックスの出願が認められる可能性が高いと思います。
しかしながら、それで丸く収まるかといえば、そうではありません。
エイベックス、ならびにピコ太郎さんは、今回の騒動で、すでに損失を被っているかもしれず、この問題にしっかり対処しなければ、さらに損失が拡大するかもしれません。
というのは、ベストライセンスの問題だけではなく、もうすでに、PPAPに便乗した商品やサービス、広告が巷に氾濫しているのが実態です。
最初から商標登録しておけば、いまごろはエイベックスとピコ太郎さんに、かなりのライセンス収入が見込めたはずです。
世界的に流行してしまった後で、慌てて権利保護に動いたところで、商標登録されるのは少なくても数か月後。そのときまでPPAPのブームが続いているでしょうか。
さらに、権利問題を無視して勝手に便乗しているような業者ではなく、しっかり契約を交わしてPPAPを商品や広告に使いたいと思っていた企業が、いまの騒動がどう決着するか、様子を見る方針に転換してしまったかもしれないのです。
日本ではまだ、知財の保護や知財を戦略的にビジネス展開に取り入れることに、意識が低いのが実態です。
大きなビジネスチャンスを逃してしまうのに加え、そのすきにつけ入ろうとする人たちにいいように利用されてしまいかねません。
今回の問題を期に、商標権など知財の扱いについて、見直すきっかけになることを願っています。