愛知県中部の西三河と呼ばれる地域で限定販売され、地元民に親しまれた「キリンラーメン」が2018年5月、発売50周年目にして名称変更を行い、新しい名前を公募することを発表しました。
飲料大手のキリンとの間で商標の使用について話し合いがもたれ、結果、製造元の小笠原製粉側が折れ、「キリン」の名がつく商標の使用を断念したようです。
でも、「キリンラーメン」は食品で、なおかつ、発売から50年もたって、地元ではよく知られた商品。
それなのに、なぜ小笠原製粉側が折れたのか。
その背景にあったのは、先使用権の落とし穴です。
50年以上使い続けた商標の使用を断念
まず、ことの経緯からお話ししましょう。
愛知県碧南市で製麺業を営む小笠原製粉が即席ラーメン「キリンラーメン」を発売したのは昭和40(1965)年のこと。
愛知県を縦に三分割した真ん中あたり、西三河地方だけの販売でしたが、愛嬌のあるキリンのパッケージデザインとともに、地元に親しまれたいわゆるソウルフードです。
販売競争が激しくなり平成10年にいったん生産を休止したものの、復活を望む地元の声もあり、平成15年に1回限りの限定で1万食を発売。
あくまで限定復活のつもりだったものの、あまりの好調な売れ行きに、会社は一部ラインの再開を決定。
地元の西三河地方に向けた限定生産を再開します。
さらに、平成22年には、生産ラインのフル稼働にこぎつけ、全国に出荷できるようになり、完全復活を遂げたのです。
ところが、そんな矢先、やはり「キリン」の商標を持つ飲料メーカー大手のキリングループが「キリン」を含むの商標の使用について異議を申し立て、両者の話し合いの結果、小笠原製粉側が「キリンラーメン」の商標の使用を断念したものです。
「キリン」を含む商標のすべてがだめなわけではない
キリンは明治創業のわが国を代表する飲料メーカーです。
全国的な知名度も非常に高いことは言うまでもありません。
もちろん、キリンを含む商標は広い範囲で商標登録済みです。
この中には食品も含まれます。
とはいえ、キリンラーメンもすでに発売から50年以上も「キリン」の商標を使っています。
半世紀もたってなぜいまさら商標の使用が問題になったのでしょう。
そして、なぜキリンラーメンの商標使用を断念しなければならなかったのでしょう。
ちなみに、キリン側の使う商標のモチーフは想像上の動物である「麒麟」であり、キリンラーメンのモチーフは哺乳類のキリンですが、商標権においては、その言葉の持つ意味や背景は問題にされず、違う意味でも読み方が同じなら商標権が認められます。
いずれにせよ、麒麟にしても、キリンにしても、造語ではなく広く知られたモチーフです。
したがって、いくらキリンビールが古い会社でも「キリン」と名乗るものすべてに独占権があるわけではありません。
実際、「キリン」を含む商標は、他にも多数登録されています。
「キリンラーメン」は商標登録こそしていませんでしたが、50年も前から使っているので「先使用権」が認められる可能性もあります。
ではなぜ、小笠原製粉は「キリンラーメン」の使用を断念し、商標を変えることになったのでしょうか。
背景にあるのは先使用権の落とし穴です。
商標の先使用権の落とし穴とは
キリンラーメンの小笠原製粉が陥った商標の先使用権の落とし穴とはなんでしょうか。
その前に、商標の先使用権についておさらいを。
日本の商標法においては、商標を先に使っていたかどうかではなく、先に商標登録した人に商標権が認められます。
同時期に同じ商標をたまたま使っていた場合、誰かが先に商標登録してしまったら、その商標はもう使えなくなります。
これを「商標の先願主義」といいます。
とはいえ、例外があります。
その商標を使って商売した実績があり、すでにある程度の知名度を得ている場合、誰かが先に商標登録してしまってからでも、使い続けることができます。
これが商標の「先使用権」です。
他の誰かに商標登録される前に、すでに商標を使っていたというだけでなく、それなりの知名度を得ていることが条件です。
キリンラーメンの場合、発売から50年以上同じ名前を使い続け、かつ、地元では知らぬものはいない知名度を持っていますので、先使用権が認められそうです。
今回の場合は、当事者による話し合いで決着しましたが、もし裁判に発展していたら、この点が争点になったでしょう。
小笠原製粉は「キリンラーメン」を商標登録していなかったようなので、商標権がキリンにあるのはしょうがありません。
小笠原製粉にとっては先使用権が認められるかどうかが問題のはずです。
両者の間でどのような話し合いがもたれたか、双方とも言及していませんが、結果として小笠原製粉側が断念したということは、先使用権を主張するのに何らかの齟齬があったからだと考えられます。
そのカギになるのは、同社が平成10年に商品の生産・販売をいったん中止していたことです。
問題は継続使用の部分
商標の先使用権が認められるかどうかは、ある程度の知名度をすでに獲得していることと、もう一つ、継続的に使用していることです。
昔はよく知られていた、では駄目なのです。
この点、いったん商品の生産・販売を中止したことで、商標の使用期間に空白が生まれました。
おそらく、この点が障害になったのではないかと思われます。
小笠原製粉は公募のなかから決めた「キリマルラーメン」を新名称と決めて再出発を図りました。
結果として、この件は話題になり、宣伝効果も生まれたとはいえ、最初から「キリンラーメン」で商標登録していれば、問題はなかったのです。
もしくは、その際に、キリン側と商標で争うことになれば、違う名前でスタートしていたでしょう。
いずれにしても、いまになって名称変更することにはならなかったはずなのです。