りそな銀行はりそなホールディングスを持ち株会とする金融グループの中核企業です。
金融業界は戦後、経済の大きな変動による何度かの節目を経て合従連衡を繰り返して大きくなっていった歴史があります。
とくに私たちの記憶に新しいのはバブル崩壊後の金融危機にともなう大銀行同士の大型合併ではないでしょうか。
りそなもそうして誕生した金融グループです。
平成の金融危機を統合につぐ統合によってなんとか乗り切り、新たな社名で再出発をはたしたりそな。
その商標にはどんな思いが込められているのでしょうか。
母体となった4つの銀行名を覚えていますか
商標の由来の前に、りそながどのように誕生したのか振り返ってみましょう。
バブル崩壊前の経緯を省略すると、りそな銀行は次の4つの銀行が母体となっています。
- 大和銀行
- 協和銀行
- 埼玉銀行
- 奈良銀行
バブル崩壊の年、1991年に協和銀行と埼玉銀行が合併し、協和埼玉銀行となり、その後、あさひ銀行と商号変更されます。
2002年、あさひ銀行が大和銀ホールディングス(大和銀行の持ち株会社)の完全子会社となり大和グループ入りします。
2003年3月、あさひ銀行の埼玉県内の営業を埼玉りそな銀行に譲渡した上で、大和銀行を存続会社としてあさひ銀行が合併され、新銀行が誕生、りそな銀行と商号変更します。
その後、奈良銀行を吸収合併し現在にいたるというわけです。
こうして振り返ってみると、合併のたびに次々に商標を変えていった経緯が改めて思い起こされます。
語源はラテン語のResona
りそなという商標の由来ですが、ラテン語で共鳴する、響きわたるという意味のResonaが語源になっています。
銀行にとって最も大切な顧客の声に耳を傾け、共鳴し、響き合いながら、信頼の絆を築いていこうという思いが込められているということです。
思えば、あのバブル崩壊のころ、日本中がマネーゲームに狂奔した中で、経済の根幹である金融業界までもがリスクの高い投資に手をだしていたことが後々わかってきます。
金融界の混乱はその後も尾を引き、1990年代から2000年代にかけての失われた20年と呼ばれる経済の長い停滞期を招きました。
そうした反省から、原点に戻り世間の声へ真摯に耳を傾けていくという姿勢を表しているのかもしれません。
合併したら商標は変えるべきか
度重なる合従連合を繰り返し社名も変わってしまったために、改めて言われるまで、母体となった銀行のことを忘れてしまっていた人も多いと思います。
せっかく築いた名声が、商標の消滅とともに失われるのは大きな損失でしょう。
会社などが合併したときに、商標をどうするか、というのは難しい問題です。
一般的には、元の商標から一字ずつとってつなげるか、力が強い側に吸収するか、もしくはまったく新しい商標をつけるかのいずれかです。
どれにしても名声を築いた商標の一部、もしくはすべてを手放すことになります。
りそなは商標を完全に変えてしまうという3つめの選択をとりました。
ところが、世の中には4つめの選択があるようです。
りそなが合併を繰り返して商標を変えていった同じころ、やはり合従連合の末に誕生した巨大金融グループがいくつかあります。
そのちのいくつかは、合弁した企業名をくっつけただけのやたらに長い商標を使い続けています。
信用を重んじる銀行が合併のたびにころころ商標を変えるのはよくない。
少々字面は長くなっても、慣れ親しんだ商標の名残を残すべきだということなのでしょう。