輪切りした蓮根の穴に辛子味噌を詰めて揚げたからし蓮根は、熊本県の特産品として知られます。
現在では、熊本名産からし蓮根という商標で、熊本県辛子蓮根協同組合が商標登録しています。
元々は家庭で作られる郷土の味でしたが、専業化が進み、熊本土産の一つとなっています。
熊本県のからし蓮根とは
蓮根の穴に辛子味噌を詰めて油で揚げたのがからし蓮根です。
サクサクした歯ごたえと、ツーンと鼻を抜ける辛子の刺激がなんとも癖になり、一度食べると手が止まらなくなるという人も多いでしょう。
お土産品として複数の業者が製造していますが、使う素材や基本的な製法はほぼ同じです。
ちなみに、味噌に辛子を混ぜるのは、“のぼせ止め”の意味があるそうです。
からし蓮根が考案された江戸時代、油で揚げたものを食べると頭がのぼせるという俗説があり、刺激でしゃきっとさせるために辛子を混ぜたと言われます。
根拠のない迷信でしたが、言ってみれば、その迷信が世の中に二つとない個性的な味を生み出したわけです。
熊本県のからし蓮根の歴史
からし蓮根が誕生したのはいまからおよそ400年前のことです。
いまに残る伝承の話は、次の通りです。
熊本藩(肥後藩)藩主、細川忠利のもとを、長年親交のあった羅漢寺の和尚玄宅が訪れたときのこと、元気のない様子が気にかかりました。
聞けば、このところ病気がちで食が細っているということです。
玄宅は、栄養価が高いれんこんを食べるよう勧めるものの、忠利は「泥の中で育った不浄なもの」として取り合わなかったそうです。
そこで、藩の台所をあずかる賄方に相談し、そのとき在籍していた数十人の料理人に、蓮根を使った料理を考案するよう依頼します。
結果、選ばれたのが、平五郎というまだ若い料理人が作ったからし蓮根でした。
それまで蓮根に見向きもしなかった忠利でしたが、からし蓮根だけはよく食べ、やがて食欲を回復したということです。
健康を取り戻した忠利は、料理を考案した平五郎にほうびを与え、名字帯刀を許しました。
当時の風習では、かなりの好待遇です。以後、平五郎は森姓を名乗りました。
以後、輪切りにしたときの形が細川家の家紋「九曜紋」に似ていることから、からし蓮根の製法は門外不出とされ、藩の賄方の中でひっそり製法が伝授されていったということです。
これが、からし蓮根の製法が熊本の外に広がらなかった理由とされています。
明治維新になると藩が廃止され、賄い方として働いていた料理人たちは独立。
その中で、からし蓮根の製造販売を商いにする者が現れ、お土産品として広まったというわけです。
参考:
熊本県辛子蓮根協同組合
くまもと王道グルメ(熊本県広報課)
NAGOMI紀行(熊本県観光課)
からし蓮根の商標登録情報
登録日 | 平成19年(2007)3月9日 |
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出願日 | 平成18年(2006)4月1日 |
先願権発生日 | 平成18年(2006)4月1日 |
存続期間満了日 | 平成39年(2027)3月9日 |
商標 | 熊本名産からし蓮根 |
称呼 | クマモトメーサンカラシレンコン,クマモトカラシレンコン,クマモトレンコン |
権利者 | 熊本県辛子蓮根協同組合 |
区分数 | 1 |
第29分類 | 熊本県で製造された輪切りした蓮根の穴に辛子味噌を詰めて揚げた蓮根【類似群コード】32F04、32F06 |